大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)615号 判決

控訴人 エドワードウイロビー

被控訴人 西原ツル

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

申立

控訴代理人は「原判決を取り消す。原判決別紙物件目録記載の各不動産は、持分割合を各2分の1とする控訴人と被控訴人両名の共有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対して、右各不動産につき、いずれも真正なる登記名義の回復を原因とし、いずれも控訴人の共有持分を2分の1とする所有権一部移転登記手続をせよ。控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決をそれぞれ求めた。

主張

一  控訴人主張の請求原因

1  控訴人はアメリカ陸軍軍人として来日中に、被控訴人と知り合い、昭和23年6月ころから内縁の夫婦として生活するようになり、昭和28年5月8日に婚姻したが、昭和45年3月27日に離婚した。

2  控訴人は、昭和26年11月ころ1200ドルを、その後1300ドルを出捐して原判決別紙物件目録3の建物(以下「本件丙建物」という。)を建築して取得し、昭和40年5月ころには50万円を出捐して同目録1、2の土地(以下、目録1の土地を「本件甲土地」と、目録2の土地を「本件乙土地」という。)を購入し、昭和41年6月ころに2000ドルを出捐して同目録4の建物(以下「本件丁建物」という。)を建築して取得した。控訴人が以上の土地建物を取得するにあたっては、控訴人から被控訴人にその取得資金として前記各金員を交付したものであるが、その際、控訴人は被控訴人に対して右資金により取得した不動産は、控訴人及び被控訴人の共有名義とし、その持分はそれぞれ2分の1として登記するよう命じ、被控訴人もこれを承諾していたにもかかわらず、被控訴人は控訴人が日本語の読解ができないのを奇貨として、控訴人には控訴人が命じたとおりの登記を経由したと報告しながら、実際には後記のとおり被控訴人の単独所有名義の登記を経由した。

3  ところで、法例15条、27条3項によれば、本件の場合において、夫婦の財産の準拠法は夫である控訴人の本国法であるアメリカ合衆国カリフオルニア州の法律によって決せられるところ、同州民法4803条(1970年改正)によれば、本件各不動産は控訴人と被控訴人の共有となる。

4  被控訴人は、本件丙建物につき昭和35年7月29日に被控訴人のために所有権保存登記を、本件甲、乙両土地につき昭和40年5月24日に被控訴人のために所有権移転登記を、本件丁建物につき昭和43年3月12日に被控訴人のために所有権保存登記をそれぞれ経由した。

5  よって控訴人は、被控訴人との間で本件不動産がいずれも持分の割合を各2分の1とする控訴人、被控訴人の共有であることの確認を求めるとともに、被控訴人に対して所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因として、本件各不動産につき、いずれも控訴人の共有持分を2分の1とする所有権一部移転登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、控訴人と被控訴人が内縁の夫婦として生活するようになった時期を除き認める。控訴人と被控訴人とが内縁の夫婦として生活するようになったのは、昭和27年以降である。

2  同2の事実の内、本件各不動産につき控訴人主張のとおり被控訴人名義で所有権取得の登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。本件各不動産は、次のとおりすべて被控訴人がその親や兄弟から資金援助を受けて取得したもので、被控訴人の特有財産である。

(一)  本件丙建物は、被控訴人の姉の訴外横田キヨが賃借していた土地の一部である本件甲、乙両土地を地主である中田洋助に懇請して被控訴人名義に借りかえ、その地上に建築したものであり、これに要した資金はすべて被控訴人の両親や兄弟らにおいて手当てした。

(二)  本件甲、乙両土地は、渡米する被控訴人の将来を心配した被控訴人の母、姉らが資金を出し、被控訴人のために当時の土地所有者から買い受け、与えたものである。

(三)  本件丁建物は、被控訴人が母や姉らの資金により本件丙建物に隣接して建築したものである。

3  同3の主張は争う。本件についてはカリフオルニア州法が適用されないことは後記のとおりであるが、そもそも控訴人主張のカリフオルニア州民法4803条は、一方の配偶者がカリフオルニア州以外に住所を定めている間に取得した財産で、その財産を取得した配偶者が同州に住所を定めていたならば共有財産となり得たものは準共有財産として同州法に従って財産関係を確定する旨規定しているもので、本件のように夫婦の双方がカリフオルニア州以外に住所を有する場合に取得した財産については同条は適用されない。そして、同法5110条には控訴人主張のような趣旨の規定があるが、同条が適用されるのは不動産については同州に所在するものに限られ、本件不動産のように日本に所在するものには適用がない。

4  同4の事実は認める。

三  被控訴人の主張に対する控訴人の反論

カリフオルニア州は夫婦の一方又は双方によって取得された財産はすべて夫婦の共有財産とする制度を採用しており、配偶者の一方が購入し、その名で取得の登記をした不動産でさえも夫婦の共有財産とされるのである。

法例15条によれば、夫婦の財産関係については夫の本国法によると定められているところ、本件においては夫たる控訴人の本国法であるカリフオルニア州法が適用され、かつ同州法には反致に関する規定がないことから、本件においては同州法が直接適用される。

控訴人と被控訴人は昭和45年にカリフオルニア州の裁判所において離婚の判決を得たが、被控訴人は右裁判において本件各不動産について自己の単独所有であるとの主張をしなかったことから、被控訴人はそのような主張をする機会を失い、前記離婚判決がなされた時点で本件不動産は夫婦の共有財産から通常の共有財産と確定するに至った。

また、カリフオルニア州裁判所での控訴人と被控訴人間の離婚事件において、被控訴人が提出した被控訴人の宣誓供述書によれば、被控訴人は本件不動産は婚姻期間中に取得した夫婦の共有財産であるが既に売却したと陳述しているのであって、被控訴人が本件不動産を被控訴人の単独所有であると主張することは禁反言の原則に反し許されないというべきである。

四  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

法例15条、27条3項により本件の準拠法は夫であった控訴人の本国法であるカリフオルニア州法と解されるが、同州法は夫婦財産制の準拠法を定めるにつき不動産に関する問題と、動産に関する問題とを区別し、前者については目的物の所在地の法律を、後者については当事者の住所地の法律をそれぞれの準拠法とする原則を採用しているので、本件の準拠法は目的物の所在する日本法によるべきである。

証拠 〔略〕

理由

一  控訴人がアメリカ合衆国軍人として来日中に被控訴人と知り合い、昭和28年5月8日に婚姻の届出をしたが、昭和45年3月27日に離婚したこと、本件丙建物については昭和35年7月29日に被控訴人のために所有権保存登記が、本件甲、乙両土地については昭和40年5月24日に被控訴人のために所有権移転登記が、本件丁建物については昭和43年3月12日に被控訴人のために所有権保存登記がそれぞれ経由されていることは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件各不動産はいずれも被控訴人名義で所有権取得の登記が経由されているが、その取得のための資金はすべて控訴人において負担したものである旨主張するので、以下この点について判断する。

成立に争いのない甲第4、第5号証、第19、第20号証、乙第7号証、第12ないし第15号証、原審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第1ないし第6号証、第11号証の1ないし4、原審における取下げ前の被告八坂ひなの本人尋問の結果、原審及び当審における控訴本人、原審における被控訴本人の各尋問結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人は昭和25年ころ、アメリカ軍○○基地で働いていたところ、当時アメリカ軍人の控訴人と知り合うようになり、間もなく同棲するようになった。

2  ところが、控訴人は昭和26年11月に日本での勤務期間が満了したことから、アメリカへ帰国することとなったが、控訴人としては被控訴人との結婚を望んでいたこともあって、いずれそう遠くない時期に来日するつもりでいたので、右帰国にあたっては、被控訴人に対して控訴人がアメリカに帰国している間に他人と結婚しないでほしい旨、自分の気持ちを伝えるとともに、その間の生活費として約500ドルを渡した。

3  被控訴人は、控訴人が右のように帰国した後には、東京都文京区内で飲食店等を経営して経済的にも余裕のあった実姉の取下げ前の被告八坂ひな(以下、「ひな」という。)宅に身を寄せ、同人宅で稽古事をしたり、その経営する飲食店等の手伝い等をしていた。

4  その間、ひなをはじめ被控訴人の親兄弟らは、被控訴人が外国人である控訴人と結婚することを心配し、被控訴人に日本人との見合いを勧める一方で、控訴人との結婚を断念させるためには被控訴人に家屋を持たせるのが最良ではないかとの判断から、被控訴人の母親、ひな、被控訴人の実兄が、各10万円を負担して被控訴人のために本件丙建物を建ててやることにした。そして、昭和27年2月28日に被控訴人と訴外○○建設株式会社との間で代金30万円とする本件丙建物の建築工事請負契約が締結され、同建物は同年5月ころには完成し、その代金はいずれも被控訴人名で右訴外会社に支払われ、被控訴人が控訴人と後記のとおり婚姻した後の昭和35年7月29日に被控訴人のために所有権保存登記が経由された(右所有権保存登記が経由されたことは当事者間に争いがない。)。

5  その後、昭和27年暮れもしくは同28年2月ころに控訴人が再来日したことから、被控訴人と控訴人とは本件建物で生活するようになり、同年5月8日に婚姻の届出をした(右婚姻届出の事実は当事者間に争いがない。)。

6  ところで、本件丙建物の敷地を含む土地は被控訴人の姉の訴外横田キヨが訴外中田洋助から賃借していたものであるが、被控訴人のために本件丙建物が建てられた際被控訴人はキヨに1500円を支払ってその敷地部分をキヨから転借し、賃料は被控訴人が中田に直接持参して支払っていた。被控訴人はその後同建物の裏側の土地を借り増しして、賃借面積を合計64坪とし(本件甲、乙土地がこれに当たる。)、更に、昭和40年3月ころ当時の土地所有者の中田久(前記中田洋助の相続人)からその底地を坪当たり8000円、合計約50万円で買い受けた。右買受け資金は被控訴人の母親とひなが出し、昭和40年5月24日付け売買を原因とする被控訴人のための所有権移転登記が経由された(右所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがない。)。

7  また、被控訴人は昭和41年7月ころに至り、本件丙建物の裏に店舗用建物を増築し、右増築部分を他人に賃貸して収入を得ようと考え、そのころ約40万円の費用で本件丁建物を本件丙建物の裏に増築し、右建物については昭和43年3月12日に被控訴人のために所有権保存登記が経由された(右所有権保存登記が経由されたことは当事者間に争いがない。)。そして、右建物の増築費用は被控訴人の母親と被控訴人の実姉のひなが負担した。

8  その後、昭和43年3月に控訴人がアメリカ軍を除隊になり、本国に戻ることになったため、被控訴人も含む一家でアメリカ合衆国カリフオルニア州に住んでいたが、被控訴人においては、控訴人が第二次大戦で負傷した後遺症を理由に全く働かないことから控訴人に嫌気がさすようになり、昭和44年に離婚訴訟を提起し、同45年3月27日に離婚の判決を得て離婚した

(右離婚の事実は当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ、これによれば、本件各不動産はいずれも被控訴人の母親や兄弟らが被控訴人の生活の安定のために被控訴人に贈与した、被控訴人の固有の財産と解するのが相当である。

ところで控訴人は、本件各不動産は控訴人の収入で取得されたものである旨主張し、原審及び当審における本人尋問において控訴人は、本件丙建物は控訴人が昭和26年に離日するにあたって被控訴人に交付した1200ないし1400ドルで建築されたものであり、本件甲、乙両土地は同土地を買う約7年前に自動車を買い替えた際に生じた1700ドルを預金していたから、これが右土地購入の資金に充てられたと思われ、また本件丁建物を建築した際の大工への支払は控訴人の毎月の給料から行われた旨供述する。しかしながら、控訴人の右供述は多分に控訴人の想像を交えたもので、具体性がないばかりか、控訴人の右供述によっても控訴人は本件各不動産の取得にあたってはその交渉や代金の支払等に全く関与していないというのであり、これに加えて、前記のように本件各不動産はいずれも被控訴人のために所有権の登記が経由されているにもかかわらず、控訴人が、日本語の読解力に欠けるとはいえ、離婚後約4年経過するまでの極めて長期間にわたって(本件不動産のうち最初に被控訴人名義で登記がなされてから、本件訴訟が提起されるまで14年余り経過していることは本件記録上明らかである。)被控訴人に対し右登記名義の変更を求めていないことからすると、控訴人の前記供述をもってその主張事実を認めることはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

なお、被控訴人は原審における本人尋問で、本件甲、乙両土地を取得するにあたって、控訴人から毎月受領していた生活費の中から貯めた7万円をその代金の支払に充てたと思う旨供述するが、右供述は、それ自体明確な記憶に基づくものでないことが窺われるうえ、同人の土地買受代金額等に関する供述とも矛盾しており、原審における取下げ前の被告八坂ひなの本人尋問の結果と対比してたやすく措信することができず、これによって控訴人の主張を認めることはできない。

三  控訴人は、被控訴人が前記離婚訴訟において本件各不動産は既に第三者に売却済であると主張していたのであるから、本件訴訟において自己の所有であると主張することは、禁反言に反し許されないと主張するので、以下この点について判断する。なるほど、原本の存在は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第35号証(前記離婚訴訟において控訴人の代理人として訴訟行為を行った弁護士○○○○○・○○○○○の宣誓供述書)には、右控訴人の主張に沿うかの如き記載があるが、右供述は記憶のみに基づいてなされたものであることはその記載から明らかであり、かつ、被控訴人が右離婚訴訟において主張していたという本件各不動産の売却価格など重要な部分においてその正確性に疑問が残るものであって、右甲第35号証によって控訴人の右主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張はその前提を欠き失当である。

四  ところで、控訴人と被控訴人との間における財産の帰属の問題は、法例15条、27条3項により第1次的には夫たる控訴人の本国法であるアメリカ合衆国カリフオルニア州法によって決せられることになるが、成立に争いのない乙第22号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第23号証によれば、カリフオルニア州の抵触法に関する判例においては、この点に関し不動産については不動産所在地の法律を適用するとの解釈を採用していることが認められ、また、右乙第23号証、成立に争いのない乙第17号証によれば、アメリカ法律協会によって採択された法の抵触に関するリステイトメント(第2集)は、233条において婚姻時に一方の配偶者が取得していた土地上の利権について、234条において婚姻期間中に夫婦の一方が取得した土地上の利権について、いずれも土地所在地の法律を適用する旨定めていることが認められる。してみると、本件各不動産については、法例29条によりその所在地法たる日本法が適用されることになり、本件各不動産の取得の経緯が前記認定のとおりである以上、夫婦別産制を採用する日本法の下においては本件各不動産は被控訴人の所有に帰することになるから、本件各不動産が控訴人と被控訴人の共有であることを前提とする控訴人の主張は失当である。

五  以上のとおりであるから、控訴人の本件請求を棄却した原判決は結論において相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加茂紀久男 片桐春一 裁判長裁判官鈴木重信は転補のため、署名押印することができない。裁判官 加茂紀久男)

〔参照〕 原審(横浜地 昭49(ワ)1878号 昭55.2.29判決) 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例